先週半ばの夜、寝る支度をしていると、上司からスマホに着信が…
(こんな時間になんだろう?)
嫌な気分になりながら出ると、上司が一方的に甲高い声でまくしたてる。
高い声(しかも大声)が苦手な自分は、胸がキリキリした。
どうやら都知事の要請を受けて、「社員らを明日以降自宅待機にさせよう」という話らしい。
「ただし管理職以外…」。
………
翌朝7時30分に、役員と管理職の一部が集まった。他の社員らは、昨夜中に連絡が行き、いっせいに自宅待機。
「来週以降はどうするか?」
長々話し合いの結果、まずは週末までの平日はいずれも管理職だけで乗り切り、翌週からはシフト制を組むことに…
だが、ただでさえ“自己主張”と言う名の「文句言い」の多い職場。自分と同じくらいの世代の管理職の一部から、
「小さい子供がいるから自分も休みたい!独身や子供のいない管理職だけが出るべき!」
なんて平気で言う者もいる。
「非常事態の時だからこそ助け合う」
そんな言葉は綺麗事だとつくづく思う。
マスクやトイレットペーパーなどの買い占め騒動同様、人はいざとなると「自分さえ良ければいい」と、身勝手自己中な本性が出るものだ。
面倒なことを嫌い、表向きだけは大勢にいい顔をする新しい上司。
結局、子供のいる管理職は外され、彼らも自宅待機となった。
会議が終わり、自分の所属する人事部に戻ると、茶色の封書が届いていた。
不審に思いながら封を開けると、パソコンで打たれた手紙が入っている。
目を通すと、
「小さい子供の面倒をみると言って、特別休暇を取得している社員が、こんなことをして遊んでいるのをご存知でしょうか?」とある。
手紙と共に、SNSをカラーコピーしたものが大量に同封されていた。女性同士が子供を連れて、どこかの遊戯施設で楽しげに遊ぶものや、ホームパーティーをしているものばかり。
よく見ると、いずれも確かに某部署の社員達だった。
送り主がひいたと思われるマーカーのコメントを読む。
「旦那クンもテレワークだからぁ〜みんな一緒だよ〜★こ〜ゆ〜時こそぉ家族ダンランだねぇ〜★楽し過ぎ〜★」
自分は大きなため息をつきながら、手紙を封筒に戻す。
送り主が誰かは分からない。思い当たる社員が数名頭に浮かんだが、証拠はない。
それより、こんな他人のSNSを見つけ出し、わざわざ送りつけてくるという行為に薄ら寒くなる。
自分の職場は入社当時から、頻繁に怪文書やら告発文書が送られていると噂では聞いていた。だが、実際手紙を目にしたのは初めてのこと。今回のものは、上司にも一応見せるつもりだが、どうせ「匿名なんだし放って置こう」って言うに決まっている。
(自分は何でこんなところにいるんだろう?
やっぱりこのままここに居るべきではない。それともどこの職場もこんなもの?自分はどこか感覚がズレている?)
………
夜遅く仕事を終え、電車に乗る。
車内は、以前ほどではないけれど、花見&飲み会帰りと思われる連中は一定数おり、車内でマスクもせずにハイテンションで喋りまくっている。
そんな連中を横目に見ながら、旦那に勤務先が独身と子供のいない管理職以外、シフト制になったことを知らせた。
旦那からはすぐ返事がきた。
「君が感染したら誰が責任取るんだよ?君だって年取ったお母さんいるだろ?」
彼はそう言うと思った。
(そんなことはわかってるよ。でもじゃあどうしたらいい?)
ここで自分まで文句を言い出したら、あれこれ言う同僚と一緒になってしまう。だったら、自己責任で今はもう少し頑張るしかないじゃないか。
今日はため息ばかりだ。
車内の酔っ払い連中は、一段と騒がしくなった。
飛び交う「感染爆発」「緊急事態宣言」「首都封鎖」という言葉なんて、彼らには無縁みたい。きっと別世界の出来事だと思っているんだろう。
でも現実はそうではない。
今まで映画や小説の中だけだと思っていたようなことが、これから起きる気がしてならない。
電車の窓に広がる深い夜の風景を見ていると、東日本大震災の時に感じた底知れぬ不安、いや、それ以上の恐怖のようなものを今感じてしまうのだ。