遠距離恋愛ゲイの独り言〜ふたたび

旦那と15年以上遠距離恋愛しているゲイのブログ。日常の些細な悲喜交々を気の向くままに。

それでも季節は巡る

先日の三連休の初日、父親の眠る墓にひとりで行ってきた。

コロナウイルスの影響で、彼岸法要も中止。

寺から「塔婆料と供養料は納めるように」と封書が届いたことから、持参することにした。

郵送するという手もあったが、やっぱり自分は墓参りだけは、せずに居られない。

幼い頃はあんなに面倒くさいと思っていたのに…


寺は、実家から片道電車で二時間くらい。都心なのに古い下町のようなところ。


その日は少し風が強かったけれど、空は青く澄み渡り、暖かい春の陽射しが実に心地良い。


普段仕事では朝早く出かけ、夜遅く戻る日々。日中も窓のない部屋の奥にいるため、どんなに晴れていようと、陽の光の恩恵に預かることがない。


(天気がいいと、外はこんなに明るくて、気持ちがいいんだ…)


当たり前のことに驚きを覚えてしまう。


春が好きな季節か?というと、実はそうでもない。

過ごしやすいけれど、周りが浮き足立ち、いつも気が滅入るのだ。

自分は秋の方が好きだ。


それでも、春は新しいモノが出てきたり、美味しいものも多く、心くすぐられる。

もしも、いつもの春を迎えていたら、仕事のストレス解消に、「どこかに飲みに行こう」「面白いモノを探しに行こう」なんて考えてただろう。

それが今は何をするにも、二の足を踏んでしまう。


最近、ネットを開いても、テレビを観ても、「コロナ、コロナ」と朝から晩まで、暗いニュースのオンパレード。

煽られまくり、身も心も完全なる「コロナ疲れ」だ。


もうGWの海外旅行をどうするか?なんて呑気なことを言っている場合ではない。

まさかこんな事態になるなんて、想像すらしたことがなかった。


いろいろ思い巡らせながら、寺までの道を歩く。


昔ながらの商店街は、休業なのか半分ぐらいがシャッターがおり、以前より静かだ。


けれど人は結構出てきて、みんなマスクを着けて、所在なげに歩いている。自粛続きで退屈で家にいられないのだろう。

 

(こんな出てきてて、大丈夫なんだろうか?)


商店街を抜け、寺の近くの公園までやってきた。沿道には色鮮やかな春の花々が咲き始めている。

気がつけば桜も少しずつ花開いている。

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桜はともかく、普段は道端の花を気にしたことがなかった。

眺めていると、今世界中がコロナに怯え、恐怖に陥らされていることを、つい忘れてしまいそうになる。

 

やがて寺に着き、先祖の眠る墓を掃除した。

今年はお参りの人も少ない。

買ってきた花を供え、線香もあげた。


父が生きていたら、この状況を何て言っただろう?


ふたたび墓前に手を合わせ、

「また来るね」と言い、寺を後にした。


見上げるとどこまでも広がる青い空。


(次ここに来る頃、この世の中はどうなっているだろうか?普通の生活を送ることができているだろうか?)

 

非常事態になってはじめて、何もない平凡な日常の有り難さを思い知る。

 

先の見えない不安で塞ぎ込みそうになるけれど、明るい春の光に、少しだけ心が慰められる。

どんなに社会がコロナ騒動で疲弊しまくろうが、季節は着実に進んでいく。