遠距離恋愛ゲイの独り言〜ふたたび

旦那と15年以上遠距離恋愛しているゲイのブログ。日常の些細な悲喜交々を気の向くままに。

秋の訪れと共に思い悩む

秋は一年の中で一番好きな季節。

今年は8月だけだったとはいえ、ようやく暑さから解放されてホッとする。


いつもならこの時期、

「旦那と一緒にどこか行こうかな?」

「何か美味いもの食べたいな」

なんて呑気なことを考えているはず。


だが、今年は違う。

今の勤務先、実家そして親のことを含む、自分を取り巻く環境や将来のことで、ずっと思い悩んでいる。

今回は少し重い話をふたつほど…


● 墓参り

父親が他界して数年。

先日お彼岸に、ひとりで墓参りに行ってきた。少し前までは母親や姉も一緒であった。

でもあまりに遠いため、足腰の弱った母親は行けず、嫁いだ姉はもはや他人の如く音沙汰なし。


寺に着くと、まずは墓を掃除し、花を供え、

最後に社務所で線香を買うため、暫く墓を離れた。


火をつけた線香を持って墓に戻ろうとすると、誰か数人が自分の家の墓の前にいることに気づく。

一瞬、隣の墓の前?と思ったが、間違いなく我が家の墓の前にいる。

年取った女性、50代くらいの男性、大学生くらいの青年の計3人。


(誰だろう?)


近くまで寄った途端、ハッと気づく。


(叔母と従兄弟だ!)


そう、父の妹(叔母)とその息子(従兄弟)、そして従兄弟の子どもだった。

苗字の異なる従兄弟らは、この寺の檀家ではない。

父の妹の両親(自分の祖父母)が葬られているので来たのだろう。


自分の家族は親戚と疎遠である。

特に父の妹一家とは、父が亡くなる前に、あることがきっかけで絶縁状態となっていた。

そんな彼らと、ここではどうしても会いたくない。

自分は線香を持ったまま、少し離れた場所で彼らが去るのを待つことにした。


だが、彼らは一向に帰る気配はなく、自分が供えた花を片方の壺に追いやり、持ってきた花を生けている。さらには、墓前で記念写真まで撮っている。


自分がさんざん掃除した後にちゃっかり来て、さっさと墓参りを済ませている。

腹立ちさを感じながらも、何もできない自分の弱さがつくづく情けなくなった。


もしも自分がひとりでなく、家族(妻や子ども)が一緒であったなら、堂々と彼らのところに行くことができただろう。

でも自分は未婚。


叔母は以前、父親に対し、

「あの子は男が好きなんじゃないの?病気よ!だから結婚出来ずに可哀相に…」と言い放ったのだ(それが絶縁の理由)。

うちの両親にとってそれは屈辱であったに違いない。

そんな彼らの前に姿を現し、わたり合うようなことはやっぱり出来ない。


(この墓は将来どうなるんだろう?)


父親の苗字を継いでいるのは自分だけ。

いつか独身の自分が亡くなれば、大事な先祖が眠る墓も全て寺に処分されてしまう。


(代々続いた墓をそんな風に終わらせてしまっていいのだろうか?)


無性に不安になる。

手に持つ線香はどんどん燃え、煙が目に入る。


(一体どうしたらいいんだろう?)


急に涙が溢れ出てしまうのは、煙りのせいだけではなかった。


● 遺品整理

連休中は実家に戻っていた。

母親と共に、父のさまざまな遺品を整理するためだ。

父の趣味は記念切手の収集だった。

実に多くの種類のものがあり、好きな人が見れば、レアで高価なものもきっとあったはず。でも自分は全く興味がない。

父が切手に深い関心があったというわけでもない。ただ集めるのが好きで買うとそのまま棚にしまっていた。本当に「手に入れる」だけで満足していた感じ。


それをよく思っていなかった母親は、

「もう見るのも嫌なので、全てを処分したい」という。


自分も特に使う予定もなく、聞くところによればそのうちに売ることも出来ず、全く価値がなくなってしまうらしい。


そこでネットなどで調べ、比較的家の近くで買取してもらえそうなところに持っていくことにした。

今はネットで売ることもできるとは思うけど、自分はやったことがない。もちろん買取ショップに行くのも初めてのこと。


父親が集めたものを売ってしまうことに幾分心が痛みながらも、大きな紙袋ふたつにして店を目指した。


店のふれこみでは、切手は額面の8〜9割くらいで買取してくれるという。

紙袋ふたつの中の切手の束は、額面にしたら相当の額になるはず。果たして買取価格はどのくらいになるだろう?


店に着くと、チャラそうな若い男性が出てきて、持ち込んだシートをチェックする。


「そっすね〜複数のものは買取できるんすけど〜、一枚ものは二足三文っすね〜。それでもいいすか〜?」


さらに、

「結構茶色に変色してるのでさらに安くなりやすね〜いいすか〜?」


一瞬どうしようかと迷ったが、ここまで重いものを持って来て、持ち帰ることは出来ないと思い渋々決心した。


査定をしてもらう間、一旦外し30分後再び店を訪れる。

そしてチャラ男店員から提示された額を聞き茫然。考えていた額よりもかなり低かったのだ。


(もしかするとホントはもっと高額なはずなのに、わからないと思ってナメられているんだろうか?)


疑い出したらキリがない。

だが今更他の店に持っていく気力もなく、提示された額で了承。


紙幣を受け取り店を後にした。

帰り道を歩きながら考える。

誰かがどんなに思入れがあって所有していたモノでも、それを継ぐ人がいなければただのガラクタ。貴金属でもない限り、結局買い手の思う壺。

酷く虚しくなった。


突然、ふと旦那のことを思い出す。

そう、旦那はかなりのモノ持ちだ。


ジャズが好きな旦那はたくさんのレコードやCDを集めている。一緒に海外に行くと先々で目の色変えて買い漁る。

そんな思い入れたっぷりで集めたモノは一体将来どうなるんだろう?

いつか全く見知らぬ誰かの手に渡ってしまうんだろうか?

そう考えるとやるせなくなる。


悲しくなるようなことは、なるべく遠くに考えるように努めてきた。

だが秋が深まり涼しくなってくると、なぜか急に不安に駆られて堪らなくなる。


(いや、よそう!今考えても仕方ない。状況だって変わるはず。どうにかなる!)


そう自分に言い聞かせているのだけれど…

まだまだ達観できそうにない。


秋は他の季節より、一層深く物思いに沈んでしまう。