遠距離恋愛ゲイの独り言〜ふたたび

旦那と15年以上遠距離恋愛しているゲイのブログ。日常の些細な悲喜交々を気の向くままに。

父の日に

先日日曜の昼間に出かけた際、普段の休みの日より家族連れが多いことに気づく。

スーパーをはじめ、いろいろなところでイベントをやっている。それらを見ているうちに、その日が「父の日」だったことを思い出した。


夫でも父でもない自分には、全く縁のない日。


自分が気になるのは、街を歩くパパさん達。

好みのパパさんが、小さな子供の手を引いて歩く姿を見ると、胸がキューンとした気持ちになる。

男っぽい顔立ちで逞しいパパさんが、笑顔で水筒から飲み物をあげたり、お菓子を食べさせたりなど、父性たっぷりの姿に、男の優しさと頼もしさを感じ、惚れぼれしてしまう。

お父さんを信頼しきって実に嬉しそうな笑顔を見せる小さな子どもの可愛いさも。


「いつか子どもとそんな日を迎えられたら…」

と願い続けたけれど、もはや永遠に叶わない夢。


自分が幼かった頃、父親に甲斐甲斐しく世話してもらったり、どこか一緒に行ったというような思い出はほとんどない。

父は子どもに対してクールというか無関心で、子どもを愛でるというタイプではなかった。

それは自分が大人になってからも変わらず、どこかよそよそしく相容れない関係だった。


自分は父親に甘えたいという気持ちが全くなかったはずなのに、ゲイだと自覚して以来、求めるのは何故か10歳近く年上の男ばかり。

きっと心のどこかで、「父性」みたいなものにずっと憧れていたんだろう。


「父性」という言葉からイメージするのは、「包容力」「優しさ」「お手本」「良き相談相手」みたいなもの。

だが、残念ながら自分の父がそれらを持ち合わせていると感じたことがない。

そのせいか魅かれるのはいつも父親とは全く異なるタイプの男。

 

そんな自分が、偶然か必然か、今の旦那に出逢ってかれこれ15年。

当たり前のことだが、旦那と父親とは顔立ちも体格も性格も全く違う。

けれど、不思議なことに、時々旦那と自分の父親を重ね合わせてしまう時がある。


最近旦那はマンションのベランダで花やフルーツを育て始めた。


そして毎日のように、

「イチゴの花が咲いたよ!」

「ビワの実がなったよ!」

と写真を送ってくるようになった。


昔は一切興味もなかったはずなのに、なぜ彼が突然ベランダ菜園に凝りだしたのかは、よくわからない。

きっといつもの仲良しの同僚女性の影響に違いない。


そういえば自分の父親も、ずっと家庭菜園にはまっていた。野菜ができるたびに、嬉しそうに家族に見せていた。

だが暑い日に水やりなどを手伝わされるのが嫌な自分は、子どもの頃いつも逃げ回っていたっけ。


(なんで旦那は始めたんだろう?)


旦那の家に行った際、熱心にジョウロで水やりをする彼に尋ねてみた。

すると、


「植物は裏切らないだろ?手をかければかけるほど、花を咲かせたり、実がなったり、応えてくれる。それがいいんだよ。キミのオヤジさんもそう思ってたんじゃないか?」


さらに、

「オヤジさんは、態度には表さなくても、心の中ではきっとキミを大事に思っていてくれたはずだよ」


旦那は、自分があまり父親のいい話をしないので、そんなことを言ったのだろう。

だが、父親がどう思っていたのかを確かめる術はない。なぜなら、もうこの世には居ないから…


父親が居なくなった現在、大切な恋人である旦那が、良き兄でもあり、そして時には父親のような存在だ。

 

たとえ離れていても、これから精一杯旦那をずっと大切にしたい。

照れくさいけど、感謝の言葉でも送ってみようかな?


そんなことを考えていると、スマホにメッセージが…旦那からだ。


「“父の日”のプレゼントは無理しないでいいからね…(^з^)」


以心伝心?

でも、これって催促??? ^_^;


なんだか吹き出してしまった。

旦那のことがやっぱり愛おしい。