遠距離恋愛ゲイの独り言〜ふたたび

旦那と15年以上遠距離恋愛しているゲイのブログ。日常の些細な悲喜交々を気の向くままに。

写真が語ること

旦那と会うのは、だいたい3週間に1回。

一緒に過ごした後、帰る前に、必ずふたりで並んで写真を撮る。

自分の家でも、彼の家でも、付き合うようになってから1度も欠かしたことがない。

最初の頃はデジカメで、今はスマホで撮影している。15年近くも付き合っているので、その量は膨大だ。

 

去年、彼が「デジタルフォトフレーム」とやらを買ってくれたことから、正月休み中に、今までの全てのツーショットを入れてみた。

 

出逢った頃から最近までの写真が、順に流れていく。それらを見ていると、さまざまな思い出が浮かんでは消える。

 

どの写真も楽しそうに写っていることには変わりはない。

最近は顔が太った…特に首周り(^ ^;)

やはり、寄る年波には勝てぬもの。

だが、歳を重ねた以外にも、自分の顔に少しずつ変化が見える。

 

「顔つき」が変わった?

 

笑っている写真ではわからないが、過去から現在まで見比べると、最近になるに連れ、真面目な顔で写る自分の眼の奥が、どんどん険しくなってきているように見えるのだ。


旦那は、

「昔はどこか寂しげで不安な感じが表われてたけど、今は落ち着いた表情になっている。俺と付き合うようになって、自信がついたんじゃないか?(笑)」と言う。

 

この人に聞いてもあまり意味なさそう( ˘ ˘ )

でも、果たしてそんなことなのだろうか?


もしも本当に、“自信”とやらが自分の中に育っているとしたら、きっとそれは“不遜”なものに違いない。

 

写真以外にも、たとえば朝、顔を洗うときの鏡の中、或いは帰り道のショーウィンドウや電車の窓に映る自分の顔を見るたびに、つくづくそう思う。


何が影響した?

仕事?実家?旦那?

いや、自分自身だろうな。

自分の心の中に、そういう気持ちがあるから、そう見えるんだろう。

生き方の問題?


若い頃に比べ、いろいろ環境も変わり、実家ではもちろん、勤務先でも、立場上昔のようにのんびりできなくなった。

世間の荒波に揉まれたことで、良く言えば「要領よく」、悪く言えば「ズル賢く」、それが自然と顔に出てしまっている気がする。


(もっと穏やかで優しい表情になりたい)


世の中には、イケメンではないけれど、いい顔をしてる中年男性はいっぱいいる(その逆もまた然り。いい顔立ちをしてるのに、何か目が濁っているような人もいる)。

 

自分が思う「いい顔」…それは些細な事には動じず、心に余裕があるというか、鷹揚さが滲み出ている顔。


(そんな風になりたい!)


今から間に合うだろうか?


そのためには、心の持ちようを変えなければ…そして日頃からもっと余裕のある生き方をしないとダメなんだろうな。


誰だって、いつまでも子供のような無垢な表情のままではいられない。

生きていく中では、理不尽なことは多々ある。それでも、「清濁併せ呑む」ような度量の大きさを持ち合わせたい。

1月も下旬へ。

先ずは出来ることから…気持ちを明るく!


・不自然でない“笑顔”を意識。

・眉間にシワを寄せない。

・カッとなったら深呼吸。


綺麗事ばかり並べているようだけど、昔だったら意識もしなかったようなこと。


今、一生懸命これらを今心がけてはいるのだけれど、まだまだ…


容姿云々ではなく、

「いい顔(表情)してるね」

そんな風に言われたい。

 

今すぐでなくてもいい。

そう遠くない将来までに…

 

来年の今頃また写真を比べてみよう。

どんな表情をしているだろうか?