遠距離恋愛ゲイの独り言〜ふたたび

旦那と15年以上遠距離恋愛しているゲイのブログ。日常の些細な悲喜交々を気の向くままに。

当たるも八卦、当たらぬも…

先日、髪を切りに行った時のこと。

いつもカットをしてくれる親しい理容師さんと、久しぶりに会ったこともあり、他愛無い話で盛り上がる。


そこへシェービングをするという、五十代くらいの丸々と可愛い感じの女性が受付にやってきた。


すかさず理容師さんが、

「あ、この方、有名な占師さんなんですよ。よく当たるって大評判なんです」

と女性を紹介する。

自分が会釈をすると、彼女はニッコリ返してくれた。


理容師さんが、いろいろ話してくれるけれど、正直、これまで占いなぞ全く関心もなかった。

なので、

「へえ〜面白そうですね」と適当に相槌を打っていた。


すると、

「もし、お時間あったら見てあげましょうか?」と突然彼女が言った。


え??と一瞬戸惑ったが、

最近気分が晴れないこともあり、思わず、

興味本位で「いいんですか?」とお願いしていた。


特に何か具体的なことを占うのではなく、近い将来起こり得ることを見るといい、タロットカードを使うとのこと。


受付横の丸テーブルにカードを広げる彼女。

何もかも初めてみるものだ。


カードの束を三つにし、その中から六枚を選び、六角形に並べる、

しばらくカードを見つめる彼女。


やがて、

「お仕事のことで、変化がありそうです。やる気が戻るような、大きな出来事が近々あるとカードが告げています」


(え?仕事のことで落ち込んでいるなんて、一切何も話してないのに…でも、大きな出来事って?ラッキーな転職?スカウト??)


始まる前、「占いなんて…」って思ってたくせに、いい事だけが頭を巡る。我ながら単純…笑

ただ、彼女の言葉を聞き、なぜか心が軽くなったような気がした。


彼女に、お代を支払いたいと申し出たが、

「これもご縁だから…」と、受け取ってくれなかった。


夜、旦那に電話をすると、


「サラリーマンは、大半が仕事の悩みを抱えているもんだから、そう言っておけば“当たった!”って思うんだよ。よく足裏マッサージとか行くと、必ず“胃か肝臓が疲れてますね”って言われるだろ?あれと同じだよ」


と笑い飛ばす。


「でもさ、君が少しでも元気になったのなら、それはそれでよかったよ」


そう、占いなんて、気持ちの持ちようかもしれないね。

当たるも八卦、当たらぬも八卦…いい事だけを信じたい。

7月からの憂鬱

先日、ついに県外移動も解除されたけれど、気分は高揚することもなく、むしろ滅入って仕方がない。

確かにこれで遠くに住む旦那と逢えるようにもなった。早く逢いたい気持ちは山々だ。

でも、今自分は親の退院後の世話で、簡単に身動きが取れなくなっている。

それに都内は、日々の感染確認者数は変わらず一定数おり、やっぱり感染リスクを恐れてしまう。

コロナは消えたわけでもなく、誰かの中に潜み毒性を増し、秋冬に感染爆発すると聞く。

そうなると、

「やっぱり移動すると危ないのではないか?」

「コロナは誰が持ってるんだろう?」

そんな他人への不信感も募るばかり。

もちろん自分も知らぬ間に、うつしてしまうかもしれない。


コロナ禍で分かったこと。

それは、この世の中がいかに不要なものばかりで溢れていたんだってこと。

自分の勤務先もそのひとつ。半官半民の会社は、正直なくなったって、誰も困らないだろう。やってる仕事なんて他でいくらでも代替がきくのに、無理矢理惰性でやっている感じ。

そう、一番の元凶は、職場のこと。

職位、上司、同僚、仕事の中身……要は全部嫌で堪らない。

そんな風に思っているのに、7月からはついに全面通勤再開。とにかく今はその憂鬱な現実が目の前にあるだけ。

これまで在宅勤務と時差出勤の併用だったけれど、もう一切廃止。全員がオフィスに出るようになる。

この方針は、トップをはじめとする役員連中の考えによるもの。

トップは、社員に対して表向きは、

「顧客サービスのため」

「やっぱり顔を合わせてコミュニケーションを」

なんて聞こえの良いことを言うくせに、役員連中には、

「在宅なんて社員を遊ばせているようなもの。散々サボってたんだから、もう十分だろう!」

「社員の動きもよく見えないし、すぐ呼びつけられない」

「コーヒー淹れてくれる女の子(いまだにこういう言い方をする!)もいない」

「高い家賃払ってオフィスを空にしておくのは無駄だ」

と言い出したことによる。

 

自分が所属する人事部のボスも同じ。

役員も兼ねる彼は、みっともないくらいトップに忖度ばかりの人。

前のボスも別の意味で酷かったけれど、去年外部から来た今のボスもやっぱり期待外れだった。

誰にでも温厚そうに振る舞うのは、単に八方美人なだけで、内心はそうでもなく、陰では高圧的なのが最近よく分かった。面倒なことに巻き込まれそうになると、決まって人に押し付けて自分は逃げ回る。

そのボスも、7月からの勤務体制変更について、自分には、

「家内に出かけてくれって言われてる」

「オフィスに来ないと運動にならない」

「帰りに飲みにも行けるし」

なんて言う始末。

そもそも役員らは、今時みんな車で送迎なんだから通勤途中の感染リスクは低い。そんな彼らが何を言っても腹立たしいだけだ。

どうして職場はこんな旧態依然な人ばっかりなんだろう?


社員の多くが、出勤したいかと言えば、そうでもなく、在宅継続派からは、ブーイングの嵐。

「もしも感染したら、人事部で責任取れるのか?」

「出勤させるなら、オフィスのレイアウトを全部見直すべき」

みんな外部から来た人間には言わず、自分にばかり無理難題を言いたい放題。深いため息ばかり。


これは、ブログにしか書けないけど、緊急事態宣言中の方が、息抜きが出来たと言うか、暮らしがどこか快適だった気がする。

それが、また急に目まぐるしく世の中が動き出し、もうついていけなくなっている。

これからはまた毎日早く起きて遅くまで仕事の生活。しかも猛暑の中、終日マスク。

続けられるだろうか?

もう何もかも全て投げ出したい。

 

ああ、もっと家の近くでのんびり勤務できたらな…在宅中、通勤時間分を利用して、前よりも料理をするようになって腕も上がったはず。

旦那と一緒に暮らし、自分が主夫だったら、楽しいだろうな…


沈んでいる中、旦那から思いがけないメッセージ入りのプレゼントが…

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「君の好きなグリーンティーの香りが復刻したんだって。どうせ出勤するなら気分良く…」

 

(憶えてたんだ…)


軽くつけてみると、懐かしい爽やかな香りが漂う。


(もう少し頑張れるかな…でも早くどうにかしたい)


7月からの通勤再開を前に、決意を新たにする。

遠くの非日常より近くの日常を 

今月まで、勤務先は在宅と出勤の併用。

遠距離付き合いの旦那とは、いまだに会えず。仕方ないので、変わらずひとりで「ステイホーム」続行中。

そんな時は、旦那と旅行した時に撮った数々の写真を眺めながら、過去の旅に想いを馳せる。

今回は少し前に訪れた旦那とのオーストリアの旅をプレイバック。

……………

ウィーン。ヨーロッパの中で長年ずっと行ってみたいと願っていた憧れの都市。

 

東京を旅立ったのは深夜だったけれど、着いたのは朝。

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空港から少し離れたウィーン中央駅は、勝手にロココ調の駅を想像していたけど、全然違った。

ごく普通の大きな駅、って感じ。

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到着早々に訪れたのが、ベルヴェデーレ宮殿(上宮)。

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庭園に入ると、まず真っ白なスフィンクス像が出迎えてくれる。こういう像っていかにもヨーロッパっぽくて好き。

 

宮殿内は、美術館になっており、超有名な作品が飾られている(撮影OK)。

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芸術に関心が高いわけでもないけれど、やっぱり本物を目の前で見ると感激する。


窓から見る幾何学模様の庭園と下宮。

うっすら虹がかかった向こうには、ウィーンの街が見える。

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次に訪れたのは、世界遺産にも登録されている「シェーンブルン宮殿」。

ハプスブルク王家の夏の離宮だったとか。


「どんなに夢のようなところだろう?」って期待で胸を膨らませて行ったけれど…

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世界中から人が押し寄せて大混雑……宮殿の第一印象は「意外と普通」だった。

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宮殿の反対側。

ここも人がいっぱい!

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庭園は素晴らしい。

その先には、「小さな部屋」という意味の「グロリエッテ」。

中にはカフェがあった(残念ながら行列で断念)。

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グロリエッテに行く途中、丘の上から。

遠くにはウィーンの街並みが。

ここから見ると、印象が変わる。

来てよかった〜(単細胞)笑


次は、ウィーンの観光名所巡り。

「シュテファン大聖堂」

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「ウィーン市庁舎」
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「国立オペラ座

歌声に酔いしれた〜というのは大嘘。ただ前を通っただけ(笑)
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「夜の王宮」

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旅のハイライトは、「美術史美術館」

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ここは、前から行ってみたかったところ。

ブリューゲルフェルメール、ベラスケス、アルチンボルドラファエロなど、世界屈指のコレクションを所蔵する。


昼間は入るだけも大行列のため、唯一、夜まで開館している木曜日に訪れた。


入った途端に圧巻。

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階段上部の天井画
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美術館に飾られている作品は全て撮影可。f:id:cherrybeargo:20200614205426j:image
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「世界で最も美しいカフェ」と称される美術館内のカフェ。

入ってみたかったけれど、眺めただけ。

この後に行きたいところがあったから…

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美術館を後にして、宿泊ホテルに帰る途中に寄ったところは、「カフェ・ザッハー」。

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ここも日中は、観光客が行列を成しているけれど、夜は並ばずに入ることができた。
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頼んだものは「ザッハトルテ」。

「チョコレートの王様」と言われてるらしい。

チョコレートには目がない自分。f:id:cherrybeargo:20200614205748j:image

チョコレート生地のスポンジに、アプリコットジャムを挟み、さらにチョコレートでコーティングしたもの。
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旦那は、「甘過ぎる」とかぶつぶつ言ってたけど、自分は大満足!

「憧れのウィーンでザッハートルテを食べてるぅぅ!」

まるで女の子…いやおばちゃん?(笑)

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夜のウィーンを暫し散歩。
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「王宮」にも別れを告げる。そろそろ帰らねば…

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ウィーン空港。

夢のようなひとときとも、もうお別れ。


ああ、次に行くことができるのは、いつだろう?

…………

スマホのフォトライブラリーを閉じる。


写真を見ているだけで、鮮やかな記憶が蘇り、まるで「そこに行っている」ような気分になる。


もう、あの時と同じ風景は、見られないんだろうな…もし行けたとしても、あの時と全く違った風景になっているだろう。


今、海外に行きたいのか?って問われたら、そんな気持ちはさらさらない。

むしろ今は、家の近くをマスク無しで普通に散歩できれば十分だ。


遠くの「非日常」よりも、近くの「日常」を満喫したいだけ。


だけど「日常」に、ひとつだけ贅沢を言うとしたら……隣に旦那が居てくれたらな。

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(家の近所で撮影)


来月は逢えるかな?

いつか全てを受け入れるとき

先月、親が手術をしたことは、先の記事にあげたとおり。

入院に至るまで、検査のために幾度となく病院を訪れた。

医師から紹介された大病院は、入館の際、呼び出し機を渡される。

院内で待ち、順番が来ると呼び出し機が鳴り、診察室の前の中待合に行く。それまでが相当長い。初診は4時間、再診なんて、予約したのに2時間超待たされた。


大病院なので当然のことながら、さまざまな科があり、どこも大勢の患者が待っている。いかに病人が多いことか。

ひとりで来ている人もいるが、高齢者は大抵が夫婦、あるいは自分くらいの子どもが付き添っている。


待ち時間が長いと、ネガティブなことばかり頭を巡る。それは親に関すること以外、自分のことも。


あらゆる病気の不安、老いへの恐怖。

今は付き添いの身だが、自分が万一大きな病気になったら?付き添いは誰が?

考えていると夜眠れなくなる。

そして病院に来るたび、冷たい汗が流れ、動悸さえ覚えてしまう。

………

再診のある日、また数時間待たされた挙句、ようやく中待合(診察室の前の場所)に呼ばれた時のこと。


幾つかの診察室の前に長椅子が置かれ、夫婦、親子、ひとりでいる人、いずれも硬い表情で、医師に呼ばれるのを待っている。


その中で目をひいたのは、男同士のふたり。

年齢的には、自分と旦那よりそれぞれ10歳くらい上だろうか?

どう見ても、兄弟、親子という感じではなく、同僚や友人同士という様子でもなさそう。

 

若い方が、甲斐甲斐しく肩をさすったり、「大丈夫だよ」としきりに慰めている。

もう周りなんて全く気にしていない。

もちろん、みんな病人と付き添いなので、当たり前だろうけれど。

自分はふと旦那のことを思い、そのふたりのことが、気になってしまった。


彼らが診察室に入る前、看護師と何か話をしていた。

やはり「患者本人だけしか診察室には入れない」と言われてるらしい。


悲痛な面持ちで診察室の前で待つ若い方の彼。


(今どんなに心配で辛い思いだろうか?)


こちらまで、胸が痛む。

親のことを心配しつつ、自分や旦那が万一の時のことをつい考えてしまう


(これからどうしたらいいんだろう?離れて暮らしていたらどうしようもない…)


家に戻り、夜旦那に電話をした。

すると…


「気持ちは分かるけど、そんな今からいろいろ心配していたら、これから生きていけないぞ。程度の差はあれ、誰でもいろいろ抱えて生きていくものなんだよ」

 

彼の言葉に、力なく頷く自分。


「俺たちは、もう若者ではないんだからさ、健康であることの他に、これからは、いろんなことを受け入れていく覚悟をしなければいけないんだよ」


ーー受け入れる覚悟?


「そうだよ。その時の状況、自分自身、いろんなことだよ」


ーーそんなこと……できるかな?


「少しずつそうなっていくんだよ。いつかわかるよ。年を重ねていくうちに…」


彼は、幼い頃に父親を亡くし、学生時代には妹までも…

海外暮らしも長く、自分よりもずっといろいろな経験をしてきた。


彼がいつも何事にも動じず、落ち着き払っているのは年齢のせいだけではないかもしれない。

自分は甘ちゃんなのか?年齢の割にあらゆる覚悟が足りないのか?

 

「将来、俺と一緒に暮らすんだろう?」

彼が笑いながら言った。

 

それを聞き、また目頭が熱くなってしまった。

人間万事塞翁が馬

しばらくぶりの更新となってしまった。

1ヶ月前、世界中がコロナ禍に憂えている時、突然、別の禍いが自分の家族にふりかかり、以来ずっと思い悩んでいた。


時は4月末。自分は具合の悪い親を連れ、実家から1時間ほどの病院に来ていた。

その数日前、親のかかりつけの医師に呼ばれ、

「定期検診の結果に異常がある。別の病院で至急精密検査をした方がよい」

そう言われたのである。

 

コロナ感染予防のため、病院も厳戒態勢が敷かれていた。患者達の様子を見る限り、その検査は若い人でも相当キツそうで、高齢者にはあまりに過酷なものだった。

結局、検査を終えたのは夕方。親は心身共に疲労困憊という様子。

長い検査が終わったことで、付き添いの自分はすっかり気が抜け、結果のことなぞ忘れていた。

そこへ親の名前を呼ぶアナウンスがあり、診察室に一緒に入った。

自分より10歳くらい若そうな女医が座っており、親に向かってこう言った。


「検査の結果、ご自身で聞いて構わないですか?」


(え?まさか…)


口の中が一瞬乾いたような気がした。

親は黙ったまま頷いた。


女医は画面を見せた。


「実は…腫瘍が2つ見つかりました」


ーー腫瘍?それって…


「はい、癌です。念のため病理検査に出しますが、十中八九、これは癌ですね」


突然の告知に、まるで何かで思いっきり殴られたような気がした。


(母親が癌?嘘だろ?)


そんなことを聞かされるとは、想像すらしておらず、頭の中が真っ白になった。

母親の家系には癌体質の人間がおらず、

「親も自分も癌にはならない」、勝手にそう信じていた。

だが、それが一瞬にして崩れ落ちた。


(ステージは?転移は?余命は?)


次から次へと恐ろしいことが頭に浮かぶ。

 

親は一言も発せず、ただ俯いたままだった。

どんなにショックを受けただろうか?

その後、家に帰るまで、何も話さなかった気がする。

 

親はこれまで不思議なくらい大病の経験がなかった。日頃からとにかく健康に留意し、食事や運動、そして検診も定期的に行い、ずっと悪い兆候はなかった。なので今回の不調も軽く考えていた。


(そんな親がなぜ?これからどうしたらいい?)

 

あまりの衝撃に自分は狼狽し、変になりそうだった。

 

家に戻ると自分の部屋に入り、震える手で旦那に電話をかけた。

彼は時折相槌を打ちながら、静かにこう言った。


「前にも話したと思うけど、俺の母親も同じ部位に癌ができて、数年前に手術して治って今も元気にしてるよ。癌はもう不治の病ではないよ。だから君のお母さんも大丈夫だよ」


いつもだったら、旦那の軽いとも思えるような言葉に、素直に納得できなかったはず。

なぜなら病状なんて人それぞれだから…

それでも、何かにすがりたいという思いからか、「大丈夫」という旦那の言葉によって、少しだけ落ち着いた。


(でも、よりによって、どうしてコロナが流行している時に…)

 

再び気が沈み、自分の不運さを口にした。

すると彼は、


「コロナが流行ってなかったら、今年のGWは、俺たち海外に行くことになってただろ?それで直前にお母さんの病気が判明したらどうした?きっとドタキャンせざるを得なかったと思うよ」


そうだ…もしもコロナがなく、病気が判明してたら、当然旅行どころではなかっただろう。

コロナ拡大で飛行機が欠航したから、海外行きは中止となり、キャンセル料もかからずに済んだのだ。


「それとさ、コロナで在宅勤務だったから、すぐお母さんを病院に連れて行けたんだろ?もしも君が普通に出勤してたら、病院行けたか?簡単に休めなさそうだし、きっと診察とか検査が遅くなってたと思うよ」


そうだ、確かに旦那の言う通りだ。


「お母さん、君にきっと感謝しているはずだよ。だって、もしも君が結婚していたら、そんなに親にかかりっきりになれないはず。奥さんや子どもがいれば、それどころではないはずだよ」


聞いているうち、次第に涙が溢れ、嗚咽まで漏らしてまった。


「自分は親孝行なんて全く出来ていない。ずっと迷惑かけてばかりだ」

「結婚して配偶者や子どもがいたら、もっといろいろ出来たのではないか?」


そんな自責の念に自分は常に駆られていたからだ。


最後に旦那は言った。


「“人間万事塞翁が馬”って言うだろう?不運だと思ってたことが、後で逆に作用して救われたりさ。結局何が良いことで、何が悪いことだなんて、一概には言えないんだよ」

 

彼の言葉にどこか救われたような気がした。


「とにかく今は君がしっかりしないと!君が取り乱していたら、お母さんもっと心配するぞ!」

 

胸が詰まり、自分は電話越しに何度も頷いた。

…………

それから1ヶ月が経過。

心配していた転移もなく、先日母親はどうにか無事手術を終えた。

 

この1ヶ月間、自分は今まで考えなかった(いや、考えることを避けていた)様々なことを、ずっと考え続けていた。

 

家族だろうが恋人であろうが、どんなに大切に思っていようとも、いつかは永遠の別れの時がくる。

その時、後悔しないよう(そんなこと言っても絶対あるだろうけれど…)、出来ることは可能な限りしておきたい。

親に対しても、旦那に対しても……今そう強く願うのだ。

小さな暮らしへ思いを馳せる

このところ、実家から隔日通勤している。

仕事以外は、高齢の親を病院に連れて行ったり、買い物や家事など何かと忙しい。

唯一ゆっくり出来るのは、寝る前と土日の散歩の時のみ。


実家は都心から1時間ほどの郊外にある。

そこは、近くに山があり、小川が流れ、畑が広がり、長閑そのもの。

今の時期、天気が良ければ、絶好の散歩コースとなる。

ブログにこれまで何度も書いているけれど、自分は散歩が好きだ。

同じことを考える人ばかりなのか、或いは運動不足を解消するためか、休日の日中は、コロナ禍以前より、ずっと沢山の人が出てきている。特にランニングや公園でのストレッチする人の多いこと。勿論東京なんかに比べたら、全然少ないかもしれないけれど…


澄みきった青い空、緑深まる樹々、小鳥のさえずり、それらを目にしたり耳を傾けていると、現在、世界中が大変なことになっていることを一瞬忘れそうになる(忘れたくなる)。


何も楽しみが一切ない現在。

でも、ボーッとしながら誰もいない山道を、ひとりゆっくり歩くだけで、マイナスイオン効果?なのか、心は少しだけ軽く穏やかになる。


木のベンチに腰掛け、ひと休み。


これまでの、海外や国内のあちこちを旦那と旅行したこと、そして美味しいものを食べたり、いろんなお土産を買ったりしたことを、思い巡らしてみる。


(あの時は楽しかったな…この騒動さえなかったら、今年も旦那とヨーロッパで10日間過ごせたのに…)


コロナ禍により、様々な思い出の全てが、夢や幻だったんじゃないか?そんな気さえしてくる。


今は、どこかわざわざ遠出したり、豪華なものを食べたり、何か買いたいといった欲望は一切消えてしまった。

むしろ、現状に自分は十分満足している(そう思い込もうとしてるだけ?)。


生活に最低限必要なこと以外、こうして何もかもストップしてみると、この世の中がいかに余剰なものばかりで溢れていた?とさえも思えてくるから不思議。


もう今までのような物質的な豊かさを求める生き方ではなく、シンプルライフへ…それもいいのかもしれない。


いっそのこと、旦那の住んでいるところに移って、そこで仕事を探すっていうのはどうだろう?

こんなこと思えるのは、今だけかな?


旦那に話したら、

「え?俺がそっち行くよ」

ってなるだろうな…


ああ、こんな話取りとめのない話を、彼と面と向かって話したい。そんな時が来るのはいつだろう?今はひたすら我慢の時…


でも、どんなに世の中が停滞しようとも、季節だけはまたひとつ進む。

もうすぐ5月だ。

どんなに世界が変わろうが…

緊急事態宣言が発令されて1週間。

仕事以外、自粛の日々である。


最近、えっちな有料動画サイトが大盛況で、新規会員が増えまくってるらしい。

そりゃそうだよね。家に篭りっきりでひとりでやることと言ったら……誰にも迷惑かけないしね。

自分の場合は、動画を観なくても、想像力でいくらでも……ってそんな話じゃなかった。

 

先日、職場の別部署の女性同僚に会った時、

あれ?いつもと雰囲気違う??


髪はボサボサ、目もショボショボ。

どうしたんだろう?


彼女曰く、

「美容院も行けないし、化粧もしてないんです。どうせみんなに会わないし、マスクしちゃえば分かんないから…」

 

ああ、なるほど…

 

また別の男の同僚は、目ヤニはついてるし、シャツも皺くちゃでだらしない。

彼も以前はちゃんとしてたのに、どうして??


みんな普段篭りっきりだから、なんか気が抜けるというか無頓着になるのかな?


まあ、こんな非常時に正直着るものにかまったり、そんな余裕もないはず。

でも、最低限の身だしなみくらいはキチンとしないと。

たとえば、髪は短く切って、顔はしっかり洗い、爪はこまめに切るとかね。

自分は普段あまり顔にあれこれ手入れをしたりしないけれど、保湿剤くらいはつけておこうかと。

そうでもしないと、どんどん顔がだらしなくぼやけてきそう。

ちょっと気を抜けば、坂道を転がるように急に老け込んで、汚くなりそうだから…

やっぱり旦那にいつか会った時、ちゃんとした元気な姿を見せたい!


それともうひとつ。

旦那から電話で言われたこと。


「語学学習はやってる?中断せず、何かしら続けることだよ。ここでやめたら今までの努力が無駄になるよ」


そう、これまでずっと英語、そして去年からドイツ語も、マンツーマンで週1ペースで習っていた。けれど、ここ1ヶ月くらい両方休んでいる。

GWの海外旅行も飛行機が欠航したことで、中止。すっかり学ぶ気も失せていた。

当分通えないから、もう休会しようかと考えていたところ。

そんな矢先、スクールから「オンラインレッスンを開始する」との連絡が…

 

旦那にも言われて思い直した。


語学は継続していれば、必ず成果が出るし、いつかまた海外旅行の機会もあるかもしれない。もちろん、今はそんな夢さえ見られないけれど…。


というわけで、気持ち改め、新たなカタチで再スタート。


こんな時だからこそ、自己研鑽に励み、有意義に過ごせるよう努めたい。

あと、掃除と整理整頓かな?

どうせ家に居るしかないんだから…


ああ、これから人とのコミュニケーションの仕方が大きく変わりそう。

face to faceからonlineへ……それが当たり前になるのかもしれない。


でも、遠い空の下にいる大切な旦那とは、いつの日か実際に会って直に触れ合いたい。

どんなに世界が変わろうが、それだけは変わらない。絶対に…